寺沢重法のブログ

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「台北挽歌」(藤子不二雄Ⓐ1972)

更新2021年6月1日

 日本における台湾のイメージに関する議論を、Twitter上で見かけることがある。近年、日本で語られる台湾の姿は、「明るい」ものが少なくない。旅行であればグルメやエステ、リラクゼーション、政治であれば同性婚学生運動、90年代の李登輝民主化親日台湾などが該当しよう。経済・産業面では、蔡英文総統に象徴される女性の社会進出、電子産業の台頭だろうか。

 一方で、こうした側面ばかりに光が当てられることを疑問視する声もある。たとえば、小松虔氏の下記のツイートもその1つだろう。

  私はこのツイートと同じ考えである。たとえば、現在も死刑制度があり、蔡英文総統時代でも執行されている(両親ら6人殺害で死刑執行 蔡政権下で2人目/台湾 | 政治 | 中央社フォーカス台湾(2021年5月2日閲覧))。2019年5月には姦通罪が廃止されたが、廃止されたと言っても2019年になってやっとのことである(関連記事)。日本や韓国で姦通罪が廃止されたのはそれよりも前である(宮畑2016)。

 雇用比率の面では確かに男女平等的かもしれない(Yu2009)。だが、アダルトビデオの需要を見ると、保守的なジェンダー観もそれなりに保たれているようである(寺沢2020)。価値観自体もその人の社会経済的地位・階層によってある程度異なる傾向が見受けられる(寺沢2017)。このような状況を鑑みると、台湾の「陰」の部分ももっと取り上げられてもよいように思われる。

 それと同時に「なぜ近年の日本ではポジティブな台湾の姿が取り上げられているのか」という疑問が沸いてくる。私見の限り、かつての台湾のイメージは売春ツアーやコピー商品、暴行を伴う国会である。日本における台湾イメージは、どのように、なぜ変化してきたのか。無論、その実態と背景要因を明らかにするためには、周到綿密な分析が求められる。

 そのような場合において、藤子不二雄Ⓐ「台北挽歌」(1972年)は必読の作品になるかもしれない。50年近く前の台湾を描いた作品であることに加えて、内容、流通、認識のいずれの点においても、昨今の台湾イメージとは相当異なるためである。以下、「台北挽歌」に関する情報をいくつか整理してみたい。

 著者の藤子不二雄Ⓐ氏(以下、A)を知らない人はおそらくいないだろう。藤子・F・不二雄氏とともに藤子不二雄としてコンビで活動し、後に袂を分かってA氏として創作を続けている。「忍者ハットリくん」などのギャグマンガで知られる一方、「笑ゥせぇるすまん」などのブラックユーモア作品でも知られる。

 ブラックユーモア作品の多くは犯罪、怪事件、闇社会、暴力などをテーマとした「グロテスク」な作品である。執筆開始は1968年である。ブラックユーモア作品こそがA氏の牙城と評すべきであることは、氏のファンの多くが首肯するに違いない。

 「台北挽歌」は『ヤングコミック』1972年11月22日号に掲載されたが、単行本未収録作品とのことである。単行本化できない事情があるのだろう。ネット上で確認できる情報をいくつか整理してみる。

 まずは、Yahoo!知恵袋である。

detail.chiebukuro.yahoo.co.jp 2021年5月2日閲覧

 「台北挽歌」の内容について、回答欄で以下説明がなされている。

対日感情の悪化している中、上司と部下の二人は仕事により台湾に旅立った。

そこで上司は現地の娼婦に乱暴をしてしまう。そして昨日まで豚の解剖をしていた

市場のある露店には見当たらなくなった上司の姿が・・・。

 

(出典)藤子不二雄の漫画「台北挽歌」「田園交響楽」「五百億円の鼠」の3作品を... - Yahoo!知恵袋(2021年5月2日閲覧) 

 「上司と部下」「娼婦」は、当時の台湾の「男性天国」「売春天国」のイメージに該当しよう。日本人男性観光客の売春ツアーを描いた黄春明「さよなら・再見」を彷彿とさせる。  

 「対日感情の悪化」は、当時の台湾における対日感情全体のことではないかと思われる。たとえば、1970年代初頭の尖閣諸島領有権をめぐる台湾の世論と関係しているかもしれない。ちなみに、尖閣諸島領有権をめぐる「保衛釣魚台運動」(尖閣諸島を守る運動)は、台湾の社会運動史における重要な運動の1つである(蕭2018)。

 「露店」での「解体」は、台湾の市場に対するイメージだろうか。回答者は、食人が単行本未収録の理由ではないかと推察されている。

 回答欄で「北京填鴨式」が挙げられているが、これは単行本化されている作品である。舞台は香港で内容は「台北挽歌」と似ている。  

   Twitter上でも「台北挽歌」に関するツイートがある。いくつかピックアップしてみる。

 「この2作」は、前述 「北京填鴨式」と「ハレムのやさしい王様」である。後者はタイを舞台にした作品である。入手困難な作品であることは他の様々なツイートでも書かれている。また「台北挽歌」がツイートで話題になるのは、そのグロテスクさ故のようにも見受けられる。

 和泉司氏の一連のツイートには「台北挽歌」に関する情報や考察が書かれている。

 他のツイートとしては、作品の一部をスクリーンショットしたものがいくつか見受けられた(私が見た限り、Yahoo!知恵袋の回答内容とほぼ同じである)。

  以上、「台北挽歌」に関してアクセスしやすい情報を整理してみた。「台北挽歌」はA氏の作品であり、当時のA氏の台湾イメージが描かれた作品である。また、香港やタイについても同じ流れの作品が描かれている。台湾というよりは、アジア一般に対するイメージ、特に日本人男性とアジア社会のかかわり方のイメージなのかもしれない。その意味で、「台北挽歌」で描かれる台湾イメージが、当時の日本における台湾イメージである、とまでは言い切れないだろう。

 だが、反日感情、売春、市場などは、当時の台湾で実際にあった社会現象である。1972年の日本で台湾が「グロテスク」な地域として商業誌に掲載され、その後入手困難になり、現在は「グロテスク」な作品としてオンライン上で語られている。この現象自体が、日台関係論において重要だろう。日本における台湾イメージの変遷を知る上で、「台北挽歌」を起算点の1つとすべき重要な作品なのではないか推察する。 

参考文献

  • 蕭阿勤(2018)「「保釣」集體記憶的起伏─領土爭端、民族主義與世代的懷舊」『愛知大学国際問題研究所紀要』152:125-160。

  • 寺沢重法(2017)「『多元・多層構造』化する台湾における社会意識の規定要因の探求―エスニシティは社会意識の規定要因か?」『饕餮』25:93-112.
  • 寺沢重法(2020)「書評 日本のアダルトビデオ、台湾へ―Heung-wah Wong and Hoi-yan Yau著『Japanese Adult Videos in Taiwan』」『饕餮』28:166-175。
  • 宮畑加奈子(2016)「台湾─姦通罪における男女格差の現状と課題」『法政論叢』 52(2): 173-188。
  • Yu, Wei-Shin(2009)Gendered Trajectories: Women, Work, and Change in Japan and Taiwan, Stanford: Stanford University Press.