「性規範意識のゆくえ」(樋口2012)

  •  樋口麻里(2012)「第12章 性規範意識のゆくえ」吉川徹編『長期追跡調査でみる日本人の意識変容─高度経済成長世代の仕事・家族・エイジング』ミネルヴァ書房:179-193。

  日本における婚前交渉への賛否の規定要因を分析した論文。

 戦後日本において、恋愛結婚の増加などの社会変動に伴い、かつては否定的に評価される傾向のあった婚前交渉は、必ずしも特殊なものではなりつつある。婚前交渉に対する賛否は、社会階層や都市化、社会変動によってどのように異なるのか。家族規範に関する先行研究の知見を踏まえながら分析している(pp.179-182)。

 データは1970年代後半から2000年代半ばにかけて実施されたパネル調査を用いている。調査の詳細は本書の第1章で解説されている。

 分析に用いる調査項目は「高潔な人なら、婚前交渉のあった女性を尊敬するはずがない」(p.182)である。これを従属変数とし、地域や家族関係などの独立変数とした重回帰分析が、男女別に行われている。特に第1波調査と第2波調査の違いに着目されている(pp.182-189)。

雑感

 様々な興味深い分析結果が得られているが、私が特に関心をもったのは、女性における家族・親族関係の効果である。女性においては、第2波調査で都市変数に有意な効果が確認されなくなり(都市に居住する人が婚前交渉に肯定的であるという結果が得られなくなる)、介護経験、義母との関係が負の有意な関連(婚前交渉に否定的である)を示すという(pp.189-190)。

 この結果に対して2つの感想を抱いた。第1に、義母との距離が近い女性は婚前交渉に否定的になった結果については、「いつ否定的になったか」が重要のように思われる。仮に、義母と同居または近い距離に居住することが予見される結婚をしていた場合、婚前交渉にそれまで肯定的だったとしても、結婚する段階において、否定的になった可能性も推察される。

 第2に、介護経験のある人が婚前交渉に否定的であるという有意な結果が得られている。この結果に対して、老親と接することが婚前交渉に対する肯定的価値観を抑制しているのではないかと、解釈されている(pp.190)。これは、今後、婚前交渉に対する賛否を考える上で重要な手がかりになると思われる。高齢化の進展に伴い、介護に従事する可能性が高まることは十分に予測される。そうであるならば、介護によって、婚前交渉に否定的になるという現象も今後増加するだろうか。家族意識の変動に、高齢化や介護経験がどう関連するのか、というテーマに発展するように推察する。調査から少し時間が経っているので、その後、何らかの変化があるかもしれない。