『証券投資の理論と実際』(竹田2009)

更新2021年5月12日 

   副題にある通り、MPTから行動ファイナンスに至るまでの証券理論史を論じた書籍。本書の課題と意義は、「というのは、ケインズマルクスの理論史研究は多数あるが、証券投資の分野ではBernstein(1992)の研究以外はないのではないかと思ったためである」(p.ii)という言葉に端的に示されているように思う。そして、近年の行動ファイナンスまでを対象にするという(p.ii)。

 具体的にどのような歴史プロセスが描かれるのか、目次で確認してみる(以下、目次。「参考文献」「用語索引」「人名索引」がこれに続く)。
  • はじめに
  • 第Ⅰ章 ランダム・ウォークの発見─MPT前史
  • 第Ⅱ章 MPTとインデックス運用
  • 第Ⅲ章 効率的市場仮説を巡って
  • 第Ⅳ章 インデックス運用の陥穽
  • 第Ⅴ章 WACCとROIC─企業価値との関連を中心に
  • 第Ⅵ章 効率的市場仮説と行動ファイナンス
  • 第Ⅶ章 過剰反応仮説─リバーサルとモメンタム
  • 第Ⅷ章 バリュー投資─バリュー株投資と小型株投資
  • 第Ⅸ章 一月効果
  • 第Ⅹ章 行動ファイナンスと投資家心理─基礎理論の概観と選択・評価のバイアス
  • 第Ⅺ章 ヒューリスティック─認知上のバイアス
  • 第Ⅻ章 個人投資家のための合理的投資法
  • おわりに─行動ファイナンスという思想革命
 第Ⅰ章で証券投資理論の初期段階を扱い、第Ⅱ省から第Ⅴ章までがMPT理論、効率的市場仮説、インデックス運用といった今日の証券投資理路の牙城ともいうべき部分が論じられる。
 第Ⅵ章は効率的市場仮説以降の研究の発生を論じた重要な章である。まず、認知心理学的議論と裁定取引の不完全性に着目した二つのスタンスが生まれてきたことを指摘する(pp.54-56)。後者はアノマリー研究の先鞭をつけたものであるという(p.56)。効率的市場仮説が前提としていた理論とその課題も論じられる(pp.56-58)。さらに、マーケット・マイクロストラクチャー研究にも言及されている(p.64)。自らがどのスタンスであろうとも、この章を読むことでその前提に立ち返って理解を深められるのではないか。
 第Ⅶ章から第Ⅸ章はアノマリー研究を扱っている。第Ⅸ章の一月効果というのはいいわゆる「カレンダー効果」である(p.94)。特にキャピタルゲインを志向する人々にとって興味深い章だろう。第Ⅹ章以降は行動ファイナンスを扱っている。前提となる認知心理学的議論もわかりやすく書かれている(特に第Ⅹ章)。
 本全体を通じて、明瞭で簡潔に書かれており、前提知識も適宜詳しく解説されている。
 理論史という点において、目に留まった箇所が指摘ある。一つは主流派経済学に依拠してきた理論は「規範的アプローチ」(p.142)であるという指摘、そして「筆者には、効率的市場仮説は米国のファイナンス研究者の立場に対する信仰のようにも思われる」(p.34)という指摘である。前者は、善き投資家の姿や望ましい市場の姿を指し示す規範理論としての側面がある可能性を示唆し、後者はファイナンス研究を推し進めた信念や価値観といったものを示唆するようにと感じた。私一個人としては、証券投資理論に他の領域の思想なり価値観なりがどのように関連してきたのかについて、より深く理解してみたいように思う。