「資産格差の規定要因」(鹿又1998)

更新2021年5月15日

ci.nii.ac.jp

  1995年のSSM調査データを用いた資産格差社会学的分析。現在と当時とでは状況はいささか異なることが予想されるものの、社会学的に資産を論じた研究として非常に貴重な論文である。私見の限り、資産を測定する場合、具体的にどのような資産を設定して、どのような形で捉えるかがなかなか難しい。星(2001)では金融資産と不動産とでは規定要因が異なっていた(星2001:36)。そこで、ここでは本論が、資産として具体的にどのようなものを取り上げているのか、その内訳と定義を少し詳しく見てみたい。

 本論文では五つの資産(従属変数)を取り上げている(p.127)。その資産名と内容を引用すると以下の通りになる。
「金融資産」(「預貯金、株式・債券の時価総額であり、生命保険などは含まれていない」(p.127))
「住宅ローン残債」(「世帯として返済すべき残債」(p.127))
「純金融資産」(「金融資産から住宅ローンを差し引いた金額で、その他の負債は控除していない」(p.127))
「不動産」(「居住中の住宅に限らず、所有する不動産の時価の自己評価額」(p.127))
「純資産」(「金融資産と不動産の加算額から住宅ローンを差し引いた額」(p.127))
 私が特徴的だと思ったのは、住宅ローンを資産の大きな柱として設定している点、生命保険を除外している点、不動産を住宅以外のものを含めて捉えている点である。住宅ローンはかなりの長期間にわたってライフコースに影響を及ぼす資産であり、生命保険は預貯金の一種のように認識されてきた経緯がある。住宅は土地とセットで所有するのが一般的だろう。また、独立変数には不動産取得時の援助も盛り込まれている(pp.133-135)。資産における重要な部分を網羅的に扱っていると思われる(運用に関するセミナーやマネー雑誌の多くもこうした部分をカバーしている)。
 総体的な分析結果として、各資産に対する世代間の直接的移転構造が特徴的であったという(pp.146-148)。かなり詳細かつ丹念な分析が行われるので、各自が自ら読まれたい。
 先の資産について住宅ローンに言及したが、私の関心の一つにローンがある。そこで本論文から住宅ローン残債の規定要因に関する結果をいくつか拾い読みしてみると、住宅ローン残債の多さは、都市の大きさ、収入の高さ、持ち家によって規定されるという(p.146)。また、住宅ローンの少なさは、年齢の高さ、就学ステージの高い子供がいること、上世代と同居していることが規定しているともいう(p.146)。
 所得の高さが住宅ローン残債の多さを規定するという知見が興味深く感じた。現代の日本においては、おそらく住宅ローンは一つの威信になっていよう。一般的にいえば、安定した雇用にある場合や収入が高い場合、ローンは通りやすくなる。住宅ローン以外借入も視野に入れるならば、借入先の金融機関による感じ方には濃淡があるという(酒井2014)。ローン自体が階層的でありかつ威信的であるともいえようか。ただ、仮に所得が高いがゆえに住宅ローンが増えたとすると、その分、返済がより困難になってしまう可能性も想定されよう(樋口・板野2004:12-13)。本論文からは日本において住宅ローンが資産形成の様々な局面に関わっている傾向が見受けられる。
  冒頭でも述べたように本論文の調査データは1995年に実施されたものであり、25年ほど前のものとは思われることもあるかもしれない。だが、今からさかのぼって約30年間の住宅ローンを組んでいるとすると開始時点は概ね1990年であり、本論文の調査対象者もまさにこのデータに含まれている時点と推察される。ローンを巡る日本の社会現象を考える上でも本論文は大きな示唆を与えてくれるだろう(鹿又(2001)では本論文も礎になっている。併読されたい)。
参考文献