喫煙と宗教(Hussain et al. 2019)

更新2021年5月30日

 喫煙と宗教の関連についてイギリスの二次データを用いて分析した論文。禁煙運動における宗教性の位置づけに関心があったために目を通してみた。宗教が喫煙の間にどのようなかかわりがあるのか、これまで日本ではあまり論じられてこなかったのではないかと推察する。5年ほど前になるが、宗教と社会意識に関する研究を調べた際にも、たばことの関連を直接的に論じた研究は私見の限り確認されなかった(寺沢2015)。喫煙と宗教の関係を論じた本論文は興味深い。

 以下、特に関心を抱いた点について簡単に整理し、日本での議論に展開させることも念頭に置きつつ、雑感を述べてみよう(頁はPDF版のもの)。まず、イントロダクションを見ると、そもそもが喫煙と宗教に関する実証研究は多いとは言えない状況にあることが指摘されている。世界的な禁煙の風潮の中で喫煙に対する見解を表明する宗教も見られる。こうした研究状況と社会状況を踏まえ、さらにイギリスでその影響力を高めつつあるムスリム無宗教に光を当てるという(pp.2263-2265)。

 次に、使用される変数である。宗教に関してはいわゆる「Religious Affiliation」(宗教属性)のみが使用される。信仰する宗教を聞かれて「~教」と答えるときの宗教名である。喫煙に関しては、喫煙したことがあると現在も喫煙しているを設定している。社会人口学的変数も統制し、二項ロジット分析が行われる(pp.2265-2266)。

 様々な分析結果が出ている。全体的として見ると、社会人口学的変数を統制した上でも宗教と喫煙の間には相対的に明瞭な関連が見られ、特にムスリムが喫煙から遠い傾向にあるのに対して無宗教は喫煙に近い傾向にあるようである。

 目を通してみた雑感は四つある。第一に、喫煙と宗教の関連性が確認されたということが単純に面白く感じた。日本の宗教状況からすれば、キリスト教イスラム教という軸はいささか馴染みがない印象を受けるかもしれないが、宗教との関連を示唆する知見である。

 第二に、無宗教の位置づけである。一般論として、日本では無宗教が「マジョリティー」ではある。その意味で、日本においては喫煙と宗教の関連は特に目立たないかもしれない。ただ、宗教的であるという認識なしに宗教的な場合も想定さるため、イギリスにおける無宗教とは意味合いが異なる可能性が推察される。無宗教と喫煙というテーマに関心が向く。

 第三に、なぜ宗教と喫煙が結びつくのかという点である。本論文では宗教団体や他の信者からの社会的な影響が指摘されている(p.2272)。しかしながら、心理的な要因についても今後検討を要しよう。日本を想定した場合、宗教団体との関連がほとんどない人々における宗教意識なども視野に入れる必要があると推察するため、関連する研究を探索する必要があろう。関連して、クロスセクションデータに基づく本研究は因果関係の推察に弱い(p.2272)。信仰があるから喫煙しない傾向にあるとまではいいきれないことは念頭におく必要がある。

 第四に、禁煙推進との関連である。分析結果を踏まえて、本論文では宗教的な組織が禁煙推進において有効な役割を担いうる可能性を示唆している(p.2273)。もっとも、この議論を日本で展開する場合、イギリスとは異なる議論が生じる可能性がある。日本医おいて、何らかの形での宗教を軸とした活動が、違和感なく受容されている状況を想像するのは必ずしも容易ではない。自覚的かつ熱心に宗教活動に従事する人々は決してマジョリティーではない。仮に禁煙推進と宗教が結びついても、イデオロギー的なスタンスを感じる人も少なくないかもしれない。イギリスと日本の社会状況の違いも踏まえていく必要があろう。

 日本で分析を進めるとして、やはり、宗教と喫煙がどう関連するか自体の把握が必要である。お参りによく行く人が喫煙しないとも限らないし、逆に喫煙するかもしれない。そもそも関連があるのかもわからない。事例研究も含めた把握が第一課題だろう。

 先行研究の少なさが冒頭では指摘されていた。だが、本論文を見る限り、イギリス以外の国や地域でもいろいろな研究が行われているようである。参考になろう。

参考文献

  • 寺沢重法(2015)「『宗教と社会貢献』の研究動向の概要」『宗教と社会貢献』5(2):43-57。