『日本人の心理』(南1956)

 

更新2021年5月30日 

  日本人の心理的特性を扱った代表的な書籍である。1953年初版の相対的に古い書物ではあるが、今でも十分読み応えのあるものだと感じた。本書の特徴は、江戸時代の各種養生所や処世書に加え、出版時期に刊行された処世書も参照しながら、日本人の心理の特徴を整理しているところにある。いわゆる「日本人論」と呼ばれる書籍の初期作品の1つと言ってよいのかもしれない。

 もっとも、日本人論と言っても、ジャパンアズナンバーワンと言われた時期の日本人論にしばしば見られるような、日本の素晴らしさを訴えるという論調はあまり感じられない。むしろ軍隊や戦争、日本の権威主義的人間関係などを鋭く批判するというスタンスが感じられる。この背景には、本書が、まだ戦後の色が強い時期に刊行されたという時代背景が関連しているのかもしれない。その意味で、日本人論としても少々異色なものなのかもしれない。
 私が興味を抱いたのは「日本人の不幸感」(59-114頁)と「日本人の非合理主義と肉体主義」(115-155頁)という箇所である。「苦労はひとにつきもの」(62頁)という言い方に代表されるように、自分の状況と心理が不幸であることや、多くの苦労を抱えている状態にあることこそが幸福に他ならならないという逆説的な心理・価値観が日本では見られることが指摘される。軍隊組織のような理不尽な状況をかいくぐることによって、その理不尽さを理不尽であると思わなくなる心理が発生し、逆に自ら理不尽な状態を望むような日本的マゾヒズムが生じるという。武士道というものも日本的なマゾヒズムのあらわれの一種ではないかとの指摘がなされる。
 特に「日本人の非合理主義と肉体主義」(115-155頁)は「運命主義」を論じた箇所として興味深い。自らの直面する困難な状況を、困難な状況と言うよりも、天によって定められた状況だと認知し、あるがままの状態を受容する、諦める、気にしないようにする。困難な状況に対する認知的フレームをこのように変えることによって、心理的健康を保つという心理的適応がなされることが示唆される。これを現代風に言いかえるならば、運命主義的な認知フレームをもつことにストレスの緩衝効果が推察される、と表現できようか。
 非常に充実した本である。60年近く前の書籍ではあるけれども、本書を読んだ多くの方は思わず膝を打ってしまう記述が多いと推察する。この書籍で示されている社会心理は、今日の日本の集団文化や組織文化おいても無意識的に継承されている部分も推察される。さらに言えば集団や組織から距離を置いた「より個人主義的」な価値観の中にも、本書で取り上げられるような社会心理は反映されている可能性が感じられる。こうしたことに食傷気味になったり、何がしかの違和感を感じたりした時に本書を読むと、それらがいくぶん解消されるような不思議な本である。
※この記事は、北海道大学付属図書館主催企画「本は脳を育てる」に寄稿した紹介文を大幅に加筆修正して再掲したものです。