信仰と金(Keister2011)

更新2021年5月12日 

Faith and Money (English Edition)

Faith and Money (English Edition)

 
 Faith and Money』、すなわち『信仰と金』という書名を見ると、いかにも宗教関連のゴシップ話のように聞こえるかもしれない。実際に、日本の宗教批判、特に新宗教に対するそれの一つは金銭的スキャンダルに関連するものであった(井上1996:219-220)。『霊と金』(櫻井2009)という、本書とよく似た書名の学術的一般書もある。一方で、近年は少子高齢化や過疎化に伴う寺院の存続問題にも関心が向けられるようになり、寺院の財政や経営も正面から論じられる(梶2019)。
 本書がテーマとするのは教派や教団の経営ではない。アメリカにおける人々の経済的不平等に対して、宗教はどのように関連しているのか実証的に検証した論考である。「Ⅰ Religion and Wealth」に本書の目的と分析テーマが明晰かつ簡潔に示されている。ごく簡単にまとめると、アメリカでは人々の経済状況は宗教や教派の違いによる部分が小さくなく、それではなぜそうなのか解明しようとする。経済的不平等の形成要因の解明に重きを置いているという点で、いわゆる「説明的な問い」(永吉2016:64-65)に属するものといえよう。
 先行研究では、家族構成や教育アスピレーションなど様々な要因が考えられてきており、それらが手際よくまとめられている(pp.11-15)。私が読んだ実感としては、階層研究や教育社会学などにおける「ウィスコンシン・モデル」や「文化資本論」(鹿又2014:34-41)をイメージするとわかりやすいように思う。
 本書の著者は経済社会学を専門とし、Keister (2005)という著作に代表される、アメリカの経済的不平等の研究に長らく携わってきた。宗教と経済に関する研究としては、宗教と資産形成(Keister 2003)、カトリックの階層上昇移動(Keister 2007)、保守的プロテスタントの経済状況(Keister 2008)などを行っている。本書はその集大成と思われる。
 宗教と経済的不平等と言った場合、宗教に力点を置いた議論と経済的不平等に力点を置いた議論に大別することができる。本書はどちらかといえば後者に属する研究であるという印象を抱いた。宗教社会学のみならず経済社会学や階層研究においても重要な論考であるに違いない。
参考文献
  • 井上順孝(1996)『新宗教の解読』筑摩書房
  • 梶龍輔(2019)「第7章 宗勢調査からみえてくる曹洞宗寺院の経済事情─地域別分析を中心に」相澤秀夫・川又俊則編『岐路に立つ仏教寺院─曹洞宗宗勢総合調査2015年を中心に』法蔵館:199-231。
  • 鹿又伸夫(2014)『何が進学格差を作るのか─社会階層研究の立場から』慶應義塾大学三田哲学会叢書。
  • Keister, Lisa A. (2003) "Religion and Wealth: The Role of Religious Affiliation and Participation in Early Adult Asset Accumulation," Social Forces 82(1):175–207.
  • ──── (2005) Getting Rich: America’ s New Rich and How They Got That Way, Cambridge; Cambridge University Press.
  • ──── (2007) “Upward Wealth Mobility: Exploring the Roman Catholic Advantage,” Social Forves 85(3): 1195-1226.
  • ──── (2008) "Conservative Protestants and Wealth: How Religion Perpetuates Asset Poverty," American Journal of Sociology 113(5): 1237–1271.
  • 永吉希久子(2016)『行動科学の統計学─社会調査のデータ分析』共立出版
  • 櫻井義秀(2009)『霊と金─スピリチュアル・ビジネスの構造』新潮社。