「アマチュア科学者の科学実践の継続を可能にする要因に関する探索的研究」(木村2017)

更新2021年5月31日

ci.nii.ac.jp

  • 木村優里(2017)「アマチュア科学者の科学実践の継続を可能にする要因に関する探索的研究―修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチによる仮説モデルの生成」『科学教育研究』41(4):398-415。

  アマチュア科学者がどのようにして研究活動を継続しているのかについて、昆虫学と天文学に取り組むアマチュア科学者に対する質的インタビュー調査によって検討したのが本論文である(「科学者」を「研究者」「学者」と言い換えても大まかなニュアンスはさほど変わらないと思われる)。使用されている分析方法は「修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ」(M-GTA)(木下2007)であり、調査対象者の語りをいかした概念化とモデル化がなされている。巻末にはインタビューデータも収録されている(pp.412-415)。

 印象に残った点として、まず、アマチュア科学者に関する研究自体があまり行われてこなかったという指摘がある(pp.398-399)。研究が限られていた背景には、二分法的認識枠組み、例えば「専門家」と「非専門家」、「職業科学者」と「市民」といったカテゴライズが科学教育等において半ば暗黙知とされてきたこともあるという(p.398)。これは科学教育に限られない実感がある。こうした二分法に隠れてしまっていたアマチュア科学者に着目したのは慧眼である。

 また、アマチュア科学者の概念に関する議論が面白い。本論文では「科学の当該分野において、職業科学者と同等またはそれに近い知識や技能を持ち、積極的かつ継続的に科学実践を行っている非職業科学者」(p.400)をアマチュア研究者と定義づける。その様々な背景が論じられている。

 この定義に含まれる「職業科学者と同等またはそれに近い知識や技能」(p.400)をどう判断するかが論点になろう。研究に従事するに際して権限等が求められる分野の場合はわかりやすい。そうした分野に比べて専門性の基準が一意的に決まりにくい分野の場合、百家争鳴が十分想定される。専門的とは何を意味するのか、学問なのか学問でないのか。誰が決めるのか。複合領域的分野や隣接領域が多い分野、実務的活動と関連の深い分野の場合、軸足をどこに置くかによって専門性のあり方はより多様になろう。

 アマチュア科学者の代表的分野だとされてきたのは、本論文で取り上げられる昆虫学や天文学であり、歴史学等をこれに含めることもできるだろうか。ただ、海外現地事情や建築物、レシピ等を紹介するサイト・SNSのように、発信形態は、従来の研究スタイルなどに限定されなくなりつつある印象もある。カスタマーレビュー、旅行記、映画や書籍を紹介するサイト等も含めると範囲はさらに拡大する。本書で指摘されるような、主たる関心は知識や活動そのものであり、貢献は副次的であるケース(pp.407-408)も決して少なくないと予想する(もちろん貢献が主である場合や商用の場合もある)。今後このような活動も射程に入れる必要がある。その場合も、アマチュア科学者を論じた本論文は重要な存在である。M-GTAで提起される分析プロセスがわかりやすく応用されている、M-GTAの研究例としても参考になると思われる。

 
参考文献

  • 木下康仁(2007)『ライブ講義M-GTA─実践質的研究法 修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチのすべて』弘文堂。