『タバコ広告でたどるアメリカ喫煙論争』(岡本2017)

更新2021年5月12日 

タバコ広告でたどるアメリカ喫煙論争 (叢書インテグラーレ)

タバコ広告でたどるアメリカ喫煙論争 (叢書インテグラーレ)

  • 作者:岡本 勝
  • 発売日: 2017/12/31
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

   本書はたばこ広告を通じてアメリカにおけるたばこをめぐる論争を論じたものである。著者によるたばこ関連の研究としては、『アメリカにおけるタバコ戦争の軌跡』があり、紙巻きたばこの黎明期から普及そして近年のたばこ訴訟に至るまでの歴史をその社会的背景とのかかわりの中で論じている(岡本2016)。本書はその姉妹編に位置づけられると思われる。

 「あとがき」では「本書が拠って立つ主たる研究分野は歴史学であるが、それ以外にも関連する多様な領域においても議論が行われている。」(p.182)と述べ、「さまざまな研究分野を融合させた学際研究」(p.182)であると述べる。このことは本書がアメリカ研究や歴史学のみならず、様々な研究領域に開かれており、多様な観点から読まれ得るものであることを示唆している。
 対象となる時代を概観してみると、様々なタバコの中の一つであった紙巻きたばこが、たばこ会社の設立過程に沿って徐々に認知が高まり、大衆社会化や工業化等を背景にメジャー商品となり(第一章と第二章)、喫煙の健康に対する悪影響が受動喫煙を含めて医学界から批判され、政治的議論に発展し(第三章から第五章)、その後、たばこを巡る大規模な訴訟が起こるとともに、未成年者の喫煙を抑止する風潮が生じたている(第六章)。
 感想をいくつか挙げてみると、60点を超える興味深い広告が収録されており、魅力的である。例えば、第二章では工業化や労働者の増加、女性の変化、第一次世界大戦など、重要な社会的背景が描かれている。第四章ではタバコ広告におけるアフリカ系アメリカ人の描かれ方の変化も論じられている(pp.113-117)。本書が学際的研究であることを先に述べたが、これらのトピックは本書が都市研究、階層研究、ジェンダー研究、戦争論エスニシティ論、そしてその表象文化研究に開かれていることを示唆する。
 方法については雑誌を分析対象とした点が興味深い。広告などを用いてスパンの長い社会史を描く場合、その前提となる資料がどの程度残されているかが要となる。各種メディアにおける表象の是非が争点となるたばこにおいては資料上の制約が大きくなろう。筆者によれば雑誌の紙巻きたばこ広告は黎明期から今日に至るまでのものを確認できるという(p.3)。本書は雑誌のこのような特色をいかしている。雑誌の利点をいかした本書は方法論的に興味深い。
 同時に、たばこ広告が掲載され続けるのはなぜ雑誌なのか、という興味も湧く。茨木・中村は、日本におけるたばこに関する様々な表現が連綿と続く媒体として週刊誌を取り上げ、これを分析している(茨木・中村2012)。雑誌というメディアが特殊なのか。植民地からの独立や独裁政治などの大きな政治変動は当該地域のメディアの姿勢にも少なからぬ影響を与えることを想定すれば、ある地域では雑誌ではなく新聞やポスターにたばこ広告が掲載され続けられている状況も推察される。どのようなメディアがたばこ広告を掲載し続け貴重な資料となっているのかということ自体が、その地域のたばこ論争を考察する上での重要な論点になるのではないか。
 2000年の動向はいかなるものだろうか、という点もより深めてみたいと思う。これは山口が岡本(2016)に寄せたコメントとも共通する(山口2016:74-75)。すなわち、たばこに対する更なる規制の強化である(山口2016:74-75)。本書で論じられたアメリカにおけるたばこ広告とたばこ論争の歴史、さらには山口が指摘したアメリカにおける近年の動向(山口2016:74-76)は、アメリカの社会現象とは言いにくくなっているのではないか。たばこ論争のグローバル化に対するアメリカの影響、ならびにグローバル化アメリカに与えた影響について、示唆を示すようなたばこ広告を見てみたいように思う。
参考文献
  • 茨木正治・中村健(2012)「週刊誌にみる近現代のたばこ表現の考察」たばこ総合研究センター『財団法人たばこ総合研究センター助成研究報告 2012年度』:51-76。
  • 岡本勝(2016)『アメリカにおけるタバコ戦争の軌跡─文化と健康をめぐる論争』ミネルヴァ書房
  • 山口一臣(2016)「書評と紹介 岡本勝著『『アメリカにおけるタバコ戦争の軌跡─文化と健康をめぐる論争』」『大原社会問題研究所雑誌』698:70-76。