『大坂堂島米市場』(高槻2018)

更新2021年5月12日 

  投資情報に触れていると、堂島米市場に関する話を何かしら耳にするだろう。例えば、デリバティブの仕組みは江戸時代の堂島米市場で既に成立し、また、今日の投資技法は江戸時代の米取引でも行われていたと言われることがある。「もうはまだなり、まだはもうなり」といった相場格言、投資家の本間宗久など、江戸時代の米市場に深く関連するとされるものは珍しくない。

 では、江戸時代の米相場や米取引、そしてその要所である大阪堂島米市場のことをそもそもどこまで知っているのか。本書は『近世米市場の形成と展開』の著者による大阪堂島米市場の形成史である。大阪堂島米市場がどのようにして形成されたのか、幕府は物価統制にどう臨んだのか、といったことが豊富な史料を取り上げながら描かれる。
 本書の視座について、著者は歴史学であるとともにファイナンス論であると述べている(pp.303-306)。実際に本書を読んでみると、投資やトレーディングなどに馴染みのある人々にとってこそ興味深いもののように感じた。特に第5章 堂島米市場における取引」では、当時行われていた売買方法や取引上の様子が詳しく解説されている。また、「第10章 江戸時代の通信革命」では取引に関する情報伝達技術の様子が描かれる。これだけでも当時のトレーディングの様子が把握できるに違いない。そして、随所で現代の取引システムに引き付けながら解説されるので、当時のリアリティを、より一層感じながら読み進められよう。
 また、金融社会学、金融社会論と呼ばれる、金融市場の社会学的研究としても本書は貴重である。日本の社会学では必ずしもメジャーというわけではないが、欧米の社会学では近年インパクトが高まりつつある分野である(Davis and Kim 2015;MacKenzie 2009=2013)。その重要研究の一つに、シカゴ・オプション取引所と金融デリバティブの形成過程を分析したMacKenzie and Millo (2003)がある。本書は優れて金融社会学的研究であり、日本における金融、経済、産業をめぐる社会学を大きく前進させるに違いない。
参考文献
  • 高槻泰郎(2012)『近世米市場の形成と展開―幕府司法と堂島米会所の発展』名古屋大学出版会。
  • Davis, Gerald F. and Suntae Kim (2015) "Financialization of the Economy," Annual Review of Sociology 41: 203-221.
  • MacKenzie, Donald (2009) Material Markets: How Economic Agents are Constructed. Oxford: Oxford University Press(=岡本紀明訳(2013)『金融市場の社会学流通経済大学出版会。
  • MacKenzie Donald and Yuval Millo (2003) "Constructing a Market, Performing Theory: The Historical Sociology of a Financial Derivatives Exchange," American Journal of Sociology 109 (1): 107-145.