台湾の量的な社会調査に関するメモ─日本における台湾情報の「バイアス」に留意して

 昨今、日本で紹介される台湾の情報は質量ともに充実しつつあるように思われる。それらの情報を通じて台湾の様々な姿を把握することができる。発信者は台湾の人々、日本居住の日本人、在台日本人など様々である。

 もっとも、管見の限り、その情報の多くは、観察や報道、紀行文を中心としている。個別具体的な文脈を詳細に理解することができるという点において貴重である。一方、その情報が台湾社会全体のどの部分に光を当てたものなのかが見えにくいという問題もあろう。

 たとえば、LGBTに関する世論である。同性婚やオードリー・タン氏がメディアでたびたび報じられることによって、近年の台湾は同性婚に対して寛容な社会であるというイメージがあるかもしれない。日本が目指すべき先達として捉えられるむきもあろう。だが、社会調査の結果を見ると、必ずしもそうではない様子も見受けられる。

 この記事では、第7派世界価値観調査(2019年実施)の同性愛に対する寛容さを日本と台湾で比較したところ、台湾は同性愛に対して賛否両論の傾向があり、むしろ日本の方が寛容である可能性が確認された。メディアなどで取り上げられるような、LGBTに寛容な台湾の姿とは少し違った印象を受ける。

 台湾で高く評価されている歴史的人物についてもそうである。日本で良く知られている台湾の歴史的人物は、李登輝氏ではなかろうか。日本語世代でありミスターデモクラシーと呼ばれた李登輝氏は1990年代の日本でしばしば紹介されてきた。台湾でも李登輝氏が評価されていると思われるかもしれない。しかし、必ずしもそうとは限らない。

 2013年実施の台湾社会変遷基本調査を見る限り、台湾において最も重要だと認識されている歴史的人物は蒋経国氏である。蒋経国氏と李登輝氏の間には小さからぬ差が見受うけられる。

 SNSの使用状況も留意が必要である。たとえば、Twitterでは台湾の人々が様々な投稿をしている(日本語の投稿もある)。これらを通じて、台湾の人々のリアルタイムの考え方や感じ方がわかると思われるかもしれない。だが、台湾におけるSNSの使用状況も確認しておく必要があろう。

 2019年実施の台湾社会変遷基本調査を見ると、Twitterを最もよく使用する人は全体の約1%である。そのため、Twitterにおける台湾の人々の投稿が、台湾全体の世論をどこまで代表したものなのかについては留意しておいた方がよさそうである(投稿自体は貴重である)。

 以上、3つの例を挙げたが、日本で紹介される台湾情報と台湾で実施されたサンプリング調査の知見との間には、様々なずれがあることが推察される。前者は台湾全体のどこに位置づけられるものなのか、代表性はどこまで確保されたものなのかを何らかの形で確認することの重要性を感じる。

 その作業は容易ではないだろう。私が最も有力な方法の1つだと考えるのは、台湾で実施された代表性の高い量的調査データの確認である。全体的な分布を鳥瞰することで、個々の台湾情報の位置づけをイメージしておくことである。

 前置きが長くなったが、以上のことを踏まえて、以下では台湾で実施された重要なサンプリング調査データとその研究成果を数点メモする(過去記事と重複する部分がある)。

  • 台湾社会変遷基本調査(Taiwan Social Change Survey、TSCS)

www2.ios.sinica.edu.tw  2021年9月5日閲覧

 中央研究院社会学研究所を実施主体として、毎年2回のペースで、様々なテーマで実施されている。ナショナルアイデンティティSNSなどに関する設問が設けられている。調査票や集計報告書も閲覧可能であり、台湾社会の全体像を俯瞰することができると推察する。先の例でもこの集計報告書を参照した。管見の限り、台湾を対象とした計量社会学的研究の多くではTSCSが使用されている。

 研究目的の二次分析が可能であり、関心のある方は分析をしてみてもよいかもしれない。

 TSCSを用いた研究叢書『台灣的社會變遷1985-2005』が4巻本で刊行されている(2012年~2013年)。中央研究院社会学研究所のサイトでイントロダクションや目次を閲覧することができる。

 家族社会学

 宗教社会学・価値観研究

 階層・階級研究

 メディア社会学・政治社会学

 EASS(East Asian Social Survey)という日韓台中の国際比較にも参加しており、国際比較分析も行われている。集計報告書が閲覧可能である。

jgss.daishodai.ac.jp 2021年9月5日閲覧

 EASSを用いた比較社会学的研究として、以下の4冊が刊行されている。

 

 

 

  • 台湾青少年成長歴程研究(Taiwan Youth Project、TYP)

 パネル調査である。TSCSと比べると家族社会学、教育社会学により適した調査だろう。TYPも台湾の計量社会学的研究でしばしば目にするように思う。

www.typ.sinica.edu.tw  2021年9月5日閲覧

 下記の論集がTYPの代表的な研究成果だろう。

 近年の『PlOS ONE』にTYPを用いた論文が掲載されている。たとえば、これは青少年の孤独感を扱った論文。

journals.plos.org  2021年9月5日閲覧

 こちらは青少年の性意識を分析した論文である。

journals.plos.org 2021年9月5日閲覧

 

  • 學術調查研究資料庫(Survey Rsearch Data Archive、SRDA)

 台湾のデータアーカイブにSRDAがある。

srda.sinica.edu.tw  2021年9月5日閲覧

 様々な社会調査のデータが寄託されているため、関心に沿ったものが見つかるかもしれない。

 紹介動画がYouTubeにアップされている。

youtu.be 2021年9月5日閲覧