『禁煙・受動喫煙教育新論』(松尾2019)

  「第II部 禁煙・嫌煙受動喫煙)運動の歴史」(pp.121-208)で禁煙運動史の諸相が取り上げられている。特に第6章(pp.122-158)が詳しい。

  その中で、日本における禁煙運動と宗教に関する箇所もあり、「日本キリスト教婦人矯風会」、セブンスデー・アドベンチスト教団由来の「日本禁煙協会」の2団体が、歴史のある重要な禁煙団体であると指摘されている(pp.129-130)。そして、次のように論じられてる。

 このように、日本における最も古い歴史をもった、あるいは、最も代表的民間禁煙団体である前述の2団体は、キリスト教と関係をもっていた。その点では、禁煙運動と宗教活動は密接な関係をもっていたのである。キリスト教(宗教)と禁煙とが結びつくのは、次の二つの理由からであろうと思われる。第1は、タバコは健康を害するという点で、生命を神聖なものとする宗教の原則に反するという理由である。第2は、タバコを吸わずにいられないという欲望や習慣にとらわれた人では、やはり宗教の原則である、個人の自由な意思が否定されるという理由があげられよう。

 

(出典)松尾正幸(2019)『禁煙・受動喫煙教育新論─21世紀家庭・学校・地域社会からのアプローチ』世論時報社、p.130。

診断書発行に対する作田学氏自身のこれまでの見解を整理

 一連の横浜副流煙裁判に関して、医師法に触れる診断書を発行したことについて、日本禁煙学会理事長・作田学氏が、先日刑事告発される運びとなった(『週刊新潮』2021年4月22日号)。作田氏の診断書問題は昨年の『週刊新潮』でも報じられている(2021年2月20日号)。その時の記事の中で作田氏は、自身が発行したのは診断書ではなく意見書であるという旨を述べている(p.39)。

 医師法上の問題が指摘されて以降、作田氏はそれを意見書、証明書といった呼称で説明し、発行する動機や手続きなどにも言及している。

 この問題は横浜副流煙裁判に関する重要なテーマの1つであると考える。横浜副流煙裁判医関するサイト(後で取り上げるサイトなど)などでも言及されている。

 診断書が言及されている資料は複数あり、言及量がいささか多い場合もある。そこで、この記事では、作田氏がこれまで診断書問題にどのような見解を述べてきたのかを、その該当箇所を時系列順に抜粋し、資料としてメモしてみたい。

 対象は以下の2点である。

(1)裁判資料の中で作田氏の署名があり、かつ診断書に言及されているもの。診断の妥当性や適法性について言及した資料ではなく、診断書の呼称、発行手続き、発行動機に言及した資料である。裁判資料という性質を鑑みれば、実質的な公式見解とみることもできると考える。

 参照した裁判資料は藤井敦子氏のサイトにおいてPDFで公開されているものである。本記事の各引用箇所の出典部分に、資料が掲載されている記事のURLを埋め込んだ。

 また、煙福亭氏の下記の記事も参考にしている。

(2)『週刊新潮』所収記事。冒頭で取り上げた2記事だが、この中では作田氏へのインタビューが掲載されている。記事の編集過程で元のインタビュー内容からのずれが生じている可能性も想定されるが、パブリシティ性の高い雑誌に掲載された声として意義があると考える。

 確認されたものを時系列順に並べると以下のようになる。「甲~」と書かれたものが裁判資料であり、いずれも作田氏の署名である。日付は裁判資料に記載された日付と『週刊新潮』巻号を使用している。

  • 2019年3月28日 甲43号証・追加意見書 
  • 2020年1月27日 甲66号の1・意見書
  • 2020年2月22日  「「反たばこ訴訟」で認定された「禁煙学会理事長」の医師法違反」(『週刊新潮』2020年2月22日号、37-39頁、(デイリー新潮にも掲載))
  • 2020年6月21日 甲81号証 被控訴人答弁書に対する所見 
  • 2021年4月22日 「「反たばこ」で診断書も偽造「禁煙学会」理事長が刑事告発された」(『週刊新潮』2021年4月22日号、26-27頁)

 この順に沿って該当箇所を少し長めに引用する。

  • 2019年3月28日 甲43号証・追加意見書

 横浜地裁の第1審のための意見書。

  私はA氏、A奥さん、A娘さんの3名の方々に診断書(甲1~甲3)を作成しておりますが、これらの診断書の作成に関して、今般、藤井将登氏が準備書面(7)の中で、いろいろと疑問を投げかけてこられたとのことなので、その疑問にお答えする趣旨で、追加の意見書を作成させていただきます。

 

(出典)作田学「甲43号証・追加意見書 」(2019年3月28日)(2021年4月19日閲覧)、1頁。下線は寺沢重法が加えた。

 ここでは診断書を作成したと明言されている。 

 その後、横浜地裁第1審判決が下る(2019年11月28日)。現在に至る診断書問題の大きな引き金となった判決である。 判決文を見てみよう。

 なお、作田医師は、原告A娘について、「受動喫煙症レベルIV、化学物質過敏症」と診断しているが(認定事実(3)ウ)、その診断は原告A娘を直接診察することなく行われたものであって、医師法20条に違反するものといわざるを得ず、かかる診断があるからといって、その診断の前提となる身体症状が原告A娘にあったことを認めることはできないが、このことは前記認定を左右するものではない。

 

(出典)横浜地裁第1審判決文(事件番号平成29年(ワ)第4952号損害賠償事件)(2019年11月28日 )(2021年4月19日閲覧)、12頁。下線は寺沢重法が加えた。

 下線部が問題の箇所である。発行された診断書が医師法20条に違反するという点が、以降、『週刊新潮』で報じられ、先日の刑事告訴の根拠となる。そして、作田氏はこの診断書に対する見解を控訴審に関する資料や週刊新潮で述べていくようになる。

  •  2020年1月27日 甲66号の1・意見書

 控訴審のための意見書。

原告A娘さん(以下「A娘」と略します)に対し、私が2017年4月19日に記載し、日赤医療センターより発行した診断書(甲3。以下「本文書」と略します。)は、すでに他の2ヶ所の医療機関から発行された診断書を受動喫煙症の専門家の立場から再点検した書面として位置づけており、「意見書」として取り扱われるべきものである。

<中略>

 以上より、横浜地裁の判決に於いて、上記の事情を勘案せずに、「本文書」を作成した私が、医師法第20条に抵触していると断じているのは、いささか心外である。

<中略>

 なお、日本赤十字社医療センター電子カルテシステムでは「診断書」名義の書類作成・発行は可能であったが、「意見書」名義の書類発行が、出来ない仕様になっていたため、やむを得ず「診断書」名義で、以下の通り書類を作成した。

<中略>

 「上記の通り診断いたします」という文言はコンピューターシステムにあらかじめセットされていたので、やむを得なかった。

<中略>

 医師法第20条の趣旨は、治療の安全性を確保するためとされている。たとえば、千葉地方裁判所平成12年6月30日判決は、患者を診察せず、両親の話から統合失調症と診断した事案について医師法第 20条違反を否定している。

 本文書は「診断書」名目ではあるが、実質的には「意見書」であって、本書の記載内容によって、原告を受動喫煙から保護し、利益を与える可能性があっても、原告に危害や不利益が発生し得る可能性がある、とは言えない。本件は原告に対し、文書の記載内容に基づいた、手術・投薬等、侵襲や副作用の危険性を伴う治療を勧奨、指示するものでもなく、実施もされていない。また本文書にかかわるいかなる人物、団体にも不利益を発生させる目的を有しておらず、また、発生 させてもいない。
 したがって、本文書の記載によって、私が医師法第20条に違反している、とはいえないと考える。

 

(出典)作田学「甲66号の1 意見書」(2020年1月27日)(2021年4月19日閲覧)、1頁。下線は寺沢重法が加えた。

  この資料の中で、診断書ではなく意見書であるという見解があらわれる。また日赤のカルテのシステム上の都合という発行手続きに関する言及もなされる(『週刊新潮』の2記事では触れられていない)。

  • 2020年2月22日 『週刊新潮』 「「反たばこ訴訟」で認定された「禁煙学会理事長」の医師法違反」(2020年2月22日号)、37-39頁

 第1審判決に関連する報道。

書面を精査し、夫婦に聞き取りを行い、書面を一通作成し交付しました。なお、診断はしていません。書面は診断書ではなく意見書です。

 

(出典)「「反たばこ訴訟」で認定された「禁煙学会理事長」の医師法違反」『週刊新潮』(2020年2月22日号)、37-39頁の中の39頁。下線は寺沢重法が加えた。

 発行したのは診断書ではなく意見書であるというコメントが出されている。

  • 2020年6月21日 甲81号証 被控訴人答弁書に対する所見

5 このたびのダイヤモンド・プリンセス号の新型コロナウイルスは大変な事でした。
薬が足りないということになり、船員が持ってきた用紙に患者自身が病名と薬品名を書いて渡し、それに応じて薬品を配って歩いていったことが新聞にも大きく掲載されておりました。医師を介せず、診断と投薬が行われたのです。
 これはすなわち、このような極限状態においては、医師法も超越されると理解いたしました

<中略>

 私は当時、裁判になるとは知りませんでしたし、一刻も早くタバコ煙を止めさせなければならないという危機感から、証明書を書いたのでした。
 しかし、日赤医療センターのコンピュータ画面では証明書という項目はどこを探しても無く、やむを得ず、診断書として発行しました。「と診断する」という文字は自動的に入ることになっていました。

 

(出典)作田学「甲81号証 被控訴人答弁書に対する所見」(2020年6月21日)(2021年4月19日閲覧)、2-3頁。下線は寺沢重法が加えた。

  発行したのは診断書ではないとう点は同じだが、こちらでは意見書ではなく証明書になっている。診断書として発行したのは、日赤のシステム上の問題だからという。甲66号の1でも見られた説明である。危機的状況に対する認識、コンプライアンス意識も見られるようになる。

  • 2021年4月22日 『週刊新潮』「「反たばこ」で診断書も偽造「禁煙学会」理事長が刑事告発された」(2021年4月22日号)、26-27頁

 刑事告訴に関する記事。

検察庁は適正に対処し、不起訴にするものと考えている。

 

(出典)「「反たばこ」で診断書も偽造「禁煙学会」理事長が刑事告発された」『週刊新潮』(2021年4月22日号)、26-27頁の27頁。

 不起訴が妥当であるとのコメントがなされている。

「「反たばこ」で診断書も偽造「禁煙学会」理事長が刑事告発された」(週刊新潮2021年4月22日号)

更新2021年4月24日
週刊新潮 2021年 4/22 号 [雑誌]

週刊新潮 2021年 4/22 号 [雑誌]

  • 発売日: 2021/04/15
  • メディア: 雑誌
 
  • 「「反たばこ」で診断書も偽造「禁煙学会」理事長が刑事告発された」『週刊新潮』(2021年4月22日号):26-27。

 横浜副流煙裁判における日本禁煙学会理事長・作田学氏の診断書問題に関する記事。内容は医師法に触れる診断書を発行したことで刑事告発をされた件である(関連記事)。記事には関係者各位へのインタビュー、日本禁煙学会の過去の活動などが掲載されている。

 週刊新潮は昨年も作田氏の問題を報じている。

 昨年のこの記事では、診断書が医師法に触れると判断されるに至った経緯が詳しく書かれている。

 また、先日は虎ノ門ニュースでも取り上げられた(2021年4月2日)。

 禁煙推進の一側面が徐々に表面化してきているようである。 

付記2021年4月24日

www.dailyshincho.jp 2021年4月24日閲覧

 同記事はがデイリー新潮にも掲載された。

『質的社会調査の方法』(岸・他2016)

  質的調査法のテキスト。書評に西澤(2017)、福田(2019)がある。

 質的調査全般に関する解説から始まり(序章)、フィールドワーク(第1章)、参与観察(第2章)、生活史(第3章)と進む。節と項が細かく設定され、質的調査の諸側面を鳥瞰することができる。私が特に興味深く感じたのは、第3章の生活史である。ここでは生活史調査の方法を、生活史の代表的著作を通じて理解する部分が設けられている(pp.173-192)。生活史研究の学説史を学ぶことができる。コラムでは、調査にかかる経費の問題(p.55)、写真を使い方の問題(p.138)など、より実践的な議論がなされている。もっとも、コロナによる調査環境の変化を考えると、本書で取り上げられる質的方法は、困難になりつつあるのかもしれない。新版が出版される暁には、コロナ時代の質的調査というテーマの章も、是非追加して欲しいところである。

参考文献

『現代エスノグラフィー』(藤田・北村編2013)

 エスノグラフィーに関する先端的議論を収録したもの。刊行は約8年前だが、今も斬新といえる内容である。書評には岡原(2014)、山口(2014)がある。

 私が特に関心を抱いた章は2つある。1つは「オーディエンス・エスノグラフィー─メディアの利用を観察する」である(オーディエンス・エスノグラフィーは藤田(2018)が詳しい)。メディアを駆使したフィールドワークが論じられているが、本書刊行以降、You TubeやTik Tokなどの動画サイトはより一層進んでいると推察する(関連記事)。狭義の研究者ではない人々が、自らエスノグラフィーを行っているととらえることもできよう。こうしたネット状況をどうみていくかという意味でも、この章の議論は貴重である。

 もう1つは「チーム・エスノグラフィー─他者とともに調査することで自らを知る」である。チーム・エスノグラフィーをごく簡単にいえば、立場の異なる人々が共同でフィールドワークを行うことである(研究例として徳永・井本(2017)がある)。立場性が相対的に強く影響する調査の場合、1人で調査を行うことが難しくなるケースが考えられる。たとえば、セクシュアリティに関するフィールドワークの場合、男性か女性のどちらかが単独で調査をすることは、場合によっては難しいかもしれない。このような場合は、チーム・エスノグラフィーは有効な方法の1つと考えられる(寺沢2020:172)。

 ただ、共同で調査を進めるとなると、調査者同士の関係性に歪みが生じてくる懸念もある。たとえば、関係性の悪化に伴って、調査自体が順調に進まなくなったり、調査結果の発表段階で揉め事が生じたりするケースである。共同研究のマネジメントもチーム・エスノグラフィーの大きな議題の1つだと考える。 

参考文献

  • 藤田結子(2018)「グローバリゼーションをいかに記述するのか─ニュース制作とオーディエンスのエスノグラフィーを中心に」『マス・コミュニケーション研究』93:5-16
  • 岡原 正幸 (2014)「書評:「パフォーマティブ・シンドローム」の中の調査実践とは : 藤田結子・北村文編『現代エスノグラフィー : 新しいフィールドワークの理論と実践』新曜社、2013年」『三田社会学』19:123-126。
  • 寺沢重法(2020)「書評 日本のアダルトビデオ、台湾へ―Heung-wah Wong and Hoi-yan Yau著『Japanese Adult Videos in Taiwan』」『饕餮』28:166-175。
  • 徳永智子・井本由紀(2017)「多文化クラスにおけるチーム・エスノグラフィーの教育実践」『異文化間教育』46:47-62。
  • 山口洋典(2014)「現代エスノグラフィー─新しいフィールドワークの理論と実践、藤田結子・北村文編著、新曜社、2013年」『ボランティア学研究』 14:101-102。