「二分法的思考尺度(Dichotomous Thinking Inventory)の特徴」(小塩2010)

更新2021年4月16日

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  • 小塩真司(2010)「二分法的思考尺度(Dichotomous Thinking Inventory)の特徴─これまでの検討のまとめと日常生活で重視する事柄との関連」『人文学部研究論集』:45-57。

  厳罰化に関する論文を調べていた時に(浜2008;松原2009)、厳罰意識と「二分法的思考」の関連を分析した論文(向井・三枝・小塩2017)に当たり、さらにこの二分法的思考そのものを詳述した研究として小塩真司氏による本論文に行き着いた。

 二分法的思考の源流はOshio(2009)で考案された「二分法的思考尺度」(Dichotomous Thinking Inventory、略称DTI)であり、本論文はその日本における応用と発展を期したものとして位置づけられると思われる。DTIとその関連研究は小塩真司氏のサイトで詳述されている(ここでもかなり参考にさせていただいた)。
 議論とその興味深さは二つに大別できよう。まず、DTIの測定法が詳解されている。DTIは三つの下位尺度から構成される(pp.46-48、設問はp.57)。特に面白いと感じたのは、一口に二分法的思考といっても、二分法で考えるのが良いことだと志向の部分と、物事は二つに分けられるはずだというものの見方の部分に分かれる傾向にあるという点である(前者は「二分法の選好」(Preference for Dichotomy)、後者は「二分法的信念」(Dichotomous Belief)という因子、(三つ目の因子は「損得思考」(Profit-and-loss Thinking)))。
 私の実感としては、物事を二分法で見ることと二分法を好む傾向は、あまり差が無いのではないかと想定していた。本論文の冒頭では政治的議題やその報道において二項対立図式が表出しがちであり、それを自ら選ぶ人々の存在も指摘されている(pp.45-46)。こうした指摘もあり、両者は同じ渦の中にあるのではないかと思ったのだが、別々の因子として抽出され、かつこの二つの因子間相関は相対的に見て高くはないようである(p.48)。意外であった。
 次に、DTIと他の尺度との関連を見ることで、DTIがどのようなライフスタイルや価値観と結びつく傾向にあるのか、その射程を論じている。例えば、自尊感情やコミュニケーションスタイルなどと関連が見られるが、関連パターンは一様ではないと指摘される(pp.51-54)。
 ここで興味深く感じたのは、「二分法的信念」と政治経済を含む社会情勢への関心との間に負の関連が確認された点である。社会問題に関する議論はメディアやネット上のものも含めて二項対立図式が白熱しがちな印象があった(自己責任か社会構造の問題か、増税すべきか否か、親日反日か、優先すべきは被害者の気持ちか加害者の人権か、など)。だが、この結果を見た範囲においてはそう一筋縄にはいかないように感じた。
 その後も、例えば、厳罰志向(向井・他2017)、特権意識(下司・小塩2016)、スポーツ(上野・三枝・小塩2017;上野・三枝・小塩・中澤2017)、音楽(Oshio 2012a)、そして様々なパーソナリティ領域との関連も分析されている(Jonason, Oshio, Mieda, Csathó and Maria Sitnikova 2018;Oshio 2012b、2012c;Oshio and Meshkoca 2012;Oshio, Mieda and Taku 2016)。
 総じて、本論文は、二分法的思考というものが、様々なライフスタイルや価値観を切り分ける上で、有効かつ重要な存在であることを示唆していると思われる。
参考文献
  • 浜井浩一(2008)「はじめに─グローバル化する厳罰化ポピュリズムとその対策」『犯罪社会学研究』33:4-10。
  • Jonason , Peter K., Atsushi Oshio, Tadahiro Shimotsukasa, Takahiro Mieda, Árpád Csathó, and Maria Sitnikova (2018) "Seeing the World in Black or White: The Dark Triad Traits and Dichotomous Thinking," Personality and Individual Differences 120: 102-106.
  • 松原英世(2009)「厳罰化を求めるものは何か─厳罰化を規定する社会意識について」『法社会学』71:142-157。
  • 向井智哉・三枝高大・小塩真司(2017)「厳罰傾向と“非合理な"思考」『法と心理』17(1): 86-94。
  • Oshio, Atsushi (2009) "Development and Validation of the Dichotomous Thinking Inventory," Social Behavior and Personality 37: 729-742.
  • ──── (2012a) "Relationship between Dichotomous Thinking and Music Preferences among Japanese Undergraduates," Social Behavior and Personality 40: 567-574.
  • ──── (2012b) "Dichotomous Thinking Leads to Entity Theories of Human Ability," Psychology Research 2: 369-375.
  • ──── (2012c) "An All-or-nothing Thinking Turns into Darkness: Relations between Dichotomous Thinking and Personality Disorders," Japanese Psychological Research 54: 424-429.
  • Oshio, Atsushi and Tatiana Meshkova (2012) "Eating Disorders, Body Image, and Dichotomous Thinking among Japanese and Russian College Women," Health 4: 392-339.
  • Oshio, Atsushi, Takahiro Mieda and Kanako Taku (2016) "Younger People and Stronger Effects of All-or-nothing Thoughts on Aggression: Moderating Effects of Age on the Relationships between Dichotomous Thinking and Aggression," Cogent Psychology 3: 1244874(1-15).
  • 下司忠大・小塩真司(2016)「特権意識の構造と特徴─3つの特権意識に注目して」『パーソナリティ研究』24(3):179-189。
  • 上野雄己・三枝高大・小塩真司(2017)「スポーツの競技特性要因と二分法的思考との関連」Journal of Health Psychology Research 30(1) : 35-44。
  • 上野雄己・三枝高大・小塩真司・中澤史(2017)「スポーツ競技者における二分法的思考と心理的健康、成長感との関連」『法政大学スポーツ研究センター紀要』35:27-32。