政府による監視への賛否、台湾と日本(2019年)

 台湾と日本における監視に対する賛否のメモ。

 コロナ対枠の成功事例として台湾がしばしば取り上げられる。つい先日も、感染者がゼロになったと報じられた。

japan.cna.com.tw  2021年9月4日閲覧

 台湾がコロナ対策の成功事例であるとするならば、「なぜ台湾はコロナ対策に成功しているのか」という問いが生じよう。

 その答えとしては、政府の動きの速さ、感染状況を把握するためのシステム、かつてのSARSの経験など様々なものが想定されるが、その1つとして「台湾人が政府による監視を受け入れるからである」というものがある。

 たとえば、以下の記事である。

www.newsweekjapan.jp  2021年9月4日閲覧

 罰則付きの隔離政策やデジタル監視システム、オードリー・タン氏の活躍などが取り上げられ、台湾は人々が監視を受け入れることのできる民主主義的エリアであることが論じられている。こうした指摘は、台湾は少なからぬ人々が政府による監視を支持している、賛成している社会である、と理解することもできよう。

 もっとも台湾を「監視」という言葉で評することについては賛否があろう。たとえば、私がTwitterを見ていた限りでは、台湾のコロナ対策を「監視」という言葉で形容する、あるいは台湾を「監視社会」と評することに違和感を覚えるような投稿も見受けられた。

 台湾が「監視社会」なのかどうかを判断するのは容易ではない。政治体制などのマクロレベルでの議論なのか、人々の考えや世論といったミクロレベルの議論なのかによっても評価が変わる可能性がある。定義や測定方法、比較方法による違いも想定される。現時点においては検証可能なデータを確保することは難しいようにも思われる。

 この記事では、台湾の人々が政府による監視にどの程度賛成しているのかを社会調査データで確認しメモをする。台湾は「監視社会」なのか、台湾がコロナ対策において優れているならば、それは台湾が「監視社会」であるが故のことなのかを知るための手掛かりの1つを目指したものである。 

 日本の結果も確認し、日本と比較した際の台湾の特徴を見る(「台湾は〇〇である」という言説には「日本は〇〇である」という言説が暗黙のうちに含まれているケースも想定されるため、日本との比較は重要だろう)。

 データは2019年に実施された世界価値観調査(第7波)である。

www.worldvaluessurvey.org  2021年9月4日閲覧

 ここには政府による監視の賛否に関する設問が含まれている(政府による監視は監視社会の重要な構成要素の1つとして論じられることがある(朝田2019))。

 日本語版の調査票から項目を抜粋すると、以下の3つである(問55)。

  • 「公共の場において人々を監視カメラで監視する」 
  • 「電子メールを含むすべてのインターネット上での情報交換を監視する」 
  • 「日本に住むすべての人に関する情報を、本人に知られずに収集できる」

 公式サイトに設置されているオンライン分析システムを用いて、台湾と日本の単純集計結果を確認してみた。結果は表1~3の通りである(表中には中国語と日本語を併記し、本文中では日本語のものを使用する)。

表1 監視カメラに対する賛否(台湾と日本)
在公共場所裝監視器監看人/公共の場において人々を監視カメラで監視する
  台湾 日本
  度数 % 度数 %
1 絕對有權利/十分に権利があると思う 419 34.3% 157 12.8%
2 可能有權利/権利があると思う 521 42.6% 614 50.2%
3 可能沒有權利/権利がないと思う 156 12.8% 321 26.2%
4 絕對沒有權利/全く権利がないと思う 126 10.3% 132 10.8%
合計 1222 100.0% 1224 100.0%
(出典)2019年実施の第7波世界価値観調査。世界価値観調査公式サイトのフリーオンライン分析システム(2021年9月4日取得、https://www.worldvaluessurvey.org/WVSOnline.jsp)を用いて寺沢重法作成。DKおよびNA回答は除いてある。質問文は「請問您認為台灣政府應該有或沒有權利做下面的事情?」「あなたは、日本政府が次にあげる事柄を実行する権利があると思いますか」である。

 「権利があると思う」に回答が最も集中する点は台湾と日本で共通する(42.6%、50.2%)。最も少ないのは「十分に権利があると思う」である(10.3%、10.8%)である。

 また「十分に権利があると思う」と「権利があると思う」を合計すると、台湾は76.9%、日本は62.5%であり、「権利がないと思う」と「全く権利がないと思う」を合計すると、台湾は22.8%、日本は37.0%である。

 前者を賛成、後者を反対と見なすならば、台湾は日本よりも監視カメラの設置を支持する傾向にある様子がうかがわれる。

 次に電子メールなどのネット上の活動の監視に対する賛否である(表2)

表2 電子メールなどの監視に対する賛否(台湾と日本)
監控網路上所有的電子郵件與其他訊息/電子メールを含むすべてのインターネット上での情報交換を監視する 
  台湾 日本
  度数 % 度数 %
1 絕對有權利/十分に権利があると思う 138 11.3% 42 3.5%
2 可能有權利/権利があると思う 311 25.4% 261 21.8%
3 可能沒有權利/権利がないと思う 393 32.1% 618 51.5%
4 絕對沒有權利/全く権利がないと思う 381 31.2% 278 23.2%
合計 1223 100.0% 1199 100.0%
(出典)2019年実施の第7波世界価値観調査。世界価値観調査公式サイトのフリーオンライン分析システム(2021年9月1日取得、https://www.worldvaluessurvey.org/WVSOnline.jsp)を用いて寺沢重法作成。DKおよびNA回答は除いてある。質問文は「請問您認為台灣政府應該有或沒有權利做下面的事情?」「あなたは、日本政府が次にあげる事柄を実行する権利があると思いますか」である。

 台湾と日本ともに最も多いのは「権利がないと思う」であり(32.1%、51.5%)、最も少ないのは「十分に権利があると思う」である(11.3%、3.5%)。

 そして、監視カメラの結果と同じように「十分に権利があると思う」と「権利があると思う」を合計すると、台湾は36.7%、日本は25.3%、「権利がないと思う」と「全く権利がないと思う」を合計すると、台湾は63.3%、日本は74.7%である。

 インターネット上のやり取りに対する政府の監視は、台湾は日本よりも支持されている傾向がうかがわれる。

 最後に政府が秘密裡に個人の情報を収集することの賛否である(表3)。

表3 秘密裡の情報収集に対する賛否(台湾と日本)
暗中蒐集任何在台灣居住的人的資訊/日本に住むすべての人に関する情報を、本人に知られずに収集できる
  台湾 日本
  度数 % 度数 %
1 絕對有權利/十分に権利があると思う 79 6.5% 17 1.4%
2 可能有權利/権利があると思う 258 21.1% 142 11.7%
3 可能沒有權利/権利がないと思う 399 32.7% 568 46.9%
4 絕對沒有權利/全く権利がないと思う 486 39.8% 484 40.0%
合計 1222 100.0% 1211 100.0%
(出典)2019年実施の第7波世界価値観調査。世界価値観調査公式サイトのフリーオンライン分析システム(2021年9月1日取得、https://www.worldvaluessurvey.org/WVSOnline.jsp)を用いて寺沢重法作成。DKおよびNA回答は除いてある。質問文は「請問您認為台灣政府應該有或沒有權利做下面的事情?」「あなたは、日本政府が次にあげる事柄を実行する権利があると思いますか。」である。

 台湾は「全く権利がないと思う」が最も多く(39.8%)、日本は「権利がないと思う」である(46.9%)。最も少ないのは「十分に権利があると思う」である(台湾6.5%、日本1.4%)

 「十分に権利があると思う」と「権利があると思う」の合計は、台湾が27.6%、日本が23.1%、「権利がないと思う」と「全く権利がないと思う」の合計は、台湾は72.5%、日本は86.9%である。

感想

  • 全体的に見れば、台湾では日本よりも政府による監視が支持されている様子が見受けられる。また、監視の方法によってその度合いに違いが見られる。監視カメラ>インターネット上の情報収集>秘密裏の情報収集という順に支持する人々が少なくなるように見受けられる。
  • もっとも、監視に対する人々の考え方が台湾と日本とでは大きく異なるかどうかというと、必ずしもそうではないように思われる。回答結果を賛成と反対に大別すると(上記の合計方法)傾向は似ている。監視カメラについては賛成が反対より多く、インターネット上の情報収集と秘密裏の情報収集は反対よりも賛成が多く、インターネット上の情報収集と秘密裏の情報収集は台湾の方が支持が多いものの、それでも半数以上が反対している。
  • 仮に「監視社会」を多くの人々が政府による監視を受け入れている社会であるとするならば、日本も同様に「監視社会」なのかもしれない。また、台湾のコロナ対策の優れた点を、人々が政府による監視を受け入れている現象で説明し切れないように推察する。
  • より具体的な監視、たとえば、罰則付きの監視の賛否を尋ねるとどのような結果が得られるのだろうか。

参考文献