アメリカにおける宗教とコロナ対策行動 (Perry et al. 2020)

更新2021年5月30日

  • Perry, S.L., Whitehead, A.L. and Grubbs, J.B. (2020), Culture Wars and COVID‐19 Conduct: Christian Nationalism, Religiosity, and Americans’ Behavior During the Coronavirus Pandemic. Journal for the Scientific Study of Religion, 59: 405-416. https://doi.org/10.1111/jssr.12677

  コロナ禍のアメリカにおいて人々の宗教性とコロナ対策行動がどのような関連にあるのかを検討した論文。刊行が7月末であることから、速報的な役割も担っていると推察する。

 本論文の大きな特徴の一つは、アメリカの人々の宗教性を、(1)教会参加頻度や所属教派などの従来の宗教社会学で取り上げられてきたもの、(2)キリスト教ナショナリズム(Christian Nationalism)の2つに分け、コロナ対策行動に対してはどちらの宗教性がより明瞭な関連を示すのかを検証していることにあると考えられる。
 キリスト教ナショナリズムについてごく簡単に説明する。キリスト教ナショナリズムは、近年、アメリカのナショナリズムや保守的キリスト教を論じる際にしばしば用いられる概念である。調査票調査などにおける質問項目としては、たとえば、アメリカ人・アメリカは神によって守られている、アメリカはキリスト教の国である、といった言明として設定されされ、これに対して賛成的な価値観をキリスト教ナショナリズムとすることになる。
 キリスト教ナショナリズムが近年のアメリカにおける重要な価値観として論じられている、このことは、本論文の参考文献リストに収録されている文献からもうかがい知ることができる(反科学主義、差別主義やトランプ支持とキリスト教ナショナリズムとの関連など)。
 主要な分析結果は、キリスト教ナショナリズムはコロナ対策行動を行わない傾向と関連する一方、教会参加頻度など従来の宗教性はむしろコロナ対策行動を行う傾向と関連する、というものであるという。
 この結果は意外だと感じた。私見の限り、教会参加頻度の高い人々や福音派などの保守的教派に所属する人々は、総じて保守的な価値観をもつ傾向にある。たとえば、政治意識においては共和党を支持し、さらにLGBTや中絶、婚前交渉、進化論などに反対するという傾向である。このようなイメージからすると、コロナ対策行動も行わない傾向にあるのではないかと推察していたのだが、本論文ではむしろ逆の結果となっていた。コロナに限って言えば、保守的キリスト教かどうかという軸では説明しきれない様子がうかがわれる。
 本論文は、コロナ禍におけるアメリカ社会の価値観を、コロナ、キリスト教ナショナリズム、政治、科学への信頼などの様々な視点から検討している。コロナ対策行動は、ヘルスリテラシーなどの医療健康に関する側面のみでは論じきれないものであることを示唆している。コロナ禍における宗教変動というテーマは、アメリカ社会を対象とする価値観研究において、今後、重要なテーマであり続けるのだろう。