更新2021年7月1日
本書は台湾社会変遷基本調査(TSCS)のデータを用いた社会分析シリーズの3巻目であり、階層や階級、労働などに関する8篇の論考が収録されている。本書の書評としては蔡瑞明「延續與創新:評≪台灣的社會變遷1985-2005:社會階層與勞動市場≫」『台灣社會學』26(2013年、222-227頁)が刊行されている。各論考が取り上げるトピックは多岐にわたり興味深い議論がなされているが、特に気づいた点を大まかにまとめると以下のようになる。
第1に、教育に関する分析が相対的に豊富である。たとえば、学歴ごとの主観的階層意識の低下(第2章)、出身家庭が子供の学業に与える影響の学校段階間差(第3章)、学歴に対する大都市居住(特に台北)の効果(第4章)、婚姻状況や就労状況を加味した上での学歴と主観的健康観の関連(第8章)などが論じられている。台湾社会の階層構造を見るための背景要因として、台湾社会が数十年間に経験した、急激な教育機会の拡大という社会変動が重要であることが窺われる。
第2に、職業の分析指標として「階級」が用いられている傾向が印象的である。特に第1章は近年の台湾社会の階級構造の変動に焦点を当てた分析であり、興味深い。Wrightに代表される新マルクス主義的階級理論が詳細に論じられているのに加え、附録(42-43頁)ではTSCS用の新マルクス主義的階級カテゴリーの作成方法が詳述されており、分析上、極めて有用である。
第3に、台湾における就労観の変化を分析した第5章では、階層が相対的に低い人々において、公営セクター等を含む安定職をのぞむ意識が明瞭になりつつあると論じられている(186頁)。公営セクターの参入障壁の高さや社会保障制度の不十分さが、戦後台湾における起業志向の高さの背景にあったというイメージからすると、いささか意外な指摘である。
これらの議論がTSCSの1985年から2000年における複数時点のデータセットを組み合わせて行われており、手堅い実証研究となっている。
本書から進み、階層とエスニシティの関係がどのように変化してきたのか、という点をより深く知りたいと感じる。本書の分析ではエスニシティに関連する変数が統制変数として用いられているものの、エスニシティそのものに対する議論は必ずしも豊富ではない。だが本書の各分析表を見た限り、エスニシティ自体のトピックとして論じることの可能な部分も少なくない印象を受ける。本書の論考にエスニシティという軸を加えると知見はどのように変化するのか、エスニシティと階層の関連はどのように変化しつつあるのか。戦後台湾社会の階層構造においてエスニシティが看過できない影響力をもってきたことを想起すれば、今後、展開すべきテーマの1つであると考えられる。