台湾における藍と綠に対するネット上の悪口を解説した記事(中時新聞網2021年10月5日)

www.chinatimes.com  2021年10月13日閲覧

 台湾政治における最も重要な現象の1つに「藍」と「綠」の対立がある。前者は国民党系の政党群、後者は民進党系の政党群である(小笠原2021;佐藤2012;佐藤2020)。ネット上(FacebookやPTTなど)でも両派による白熱した論戦が繰り広げられている。書き込みの中には敵対陣営に対する揶揄やからかいなどが使われ、さながらネットの炎上や誹謗中傷合戦のような状態になることもある。

 この記事では藍と綠のそれぞれに対する悪口のランキング化し、それぞれに対する解説を行っている。台湾政治におけるネット上のリアルタイムの動向を追うのに有用だと思われる。

 記事で紹介されている言葉を5位までメモしておこう。

<藍→綠>

  1. 1450
  2. 817
  3. 塔綠班
  4. 綠共
  5. 綠畜

<綠→藍>

  1. 憨粉
  2. 藍蛆
  3. 喜韓兒
  4. 蛆蛆
  5. 552

 SNSやニュースサイトを観察する時に参考になろう(それにしても、随分と酷い言い方だなあ、というのが率直な感想である)。

参考文献

李登輝の台湾での評価(2003年、2013年)

 日本で最もよく知られている台湾の政治家の1人として李登輝を挙げることができよう。日本語世代であり、台湾の民主化に大きく貢献した政治家というイメージがあろう。90年代には司馬遼太郎を筆頭とする文化人との対談が行われ、日本国内には李登輝を応援する団体も存在する。

 このような状況から推察すれば、李登輝は台湾でも人気を集めていると思われるかもしれない。だが、必ずしもそうとは限らない。たとえば、本田(2004)は2003年に実施された聯合報の調査とTVBS調査の調査結果から、李登輝よりも蒋経国の人気が高いことを指摘している(本田2004:200-205)。

 この記事では、台湾社会変遷基本調査(中央研究院実施主体の台湾全土のサンプリング調査、以下TSCS)から、李登輝への評価に関する調査結果をメモする(関連記事1関連記事2関連記事3と関連、重複する)。

 1つ目は、2003年実施データである。日本統治時代、蒋介石時代、蒋経国時代、李登輝時代、陳水扁時代の4時代を挙げ、それぞれに対する肯定的・否定的評価を4件法で尋ねている。結果は表1の通りである。

表1 台湾における李登輝時代への評価(2003年実施TSCS)
  度数 %
とても良かった 96 4.8%
良かった 879 44.3%
どちらともいえない 602 30.4%
悪かった 325 16.4%
とても悪かった 81 4.1%
合計 1983 100.0%
(出典)章英華・傅仰止主編(2004)『台灣社會變遷基本調查計畫第四期第四次調查計畫執行報告』中央研究院社會學研究所(2021年10月11日取得)の「34.不同的歴史發展對台灣社會的影響都不一樣。請問您認為以下的歴史時代對台灣的影響是好還是不好?(4)李登輝時代」(p.334)より寺沢重法作成。DKおよびNA回答は除いてある。

 回答の多い順から並べると「良かった」(44.3%)、「どちらともいえない」(30.4%)、「悪かった」(16.4%)、「とても良かった」(4.8%)、「とても悪かった」(4.1%)となる。

 また、「とても良かった」と「良かった」を「肯定的評価」としてまとめると49.1%、「悪かった」と「とても悪かった」を「否定的評価」としてまとめると20.5%である。「肯定的評価」(49.1%)、「どちらともいえない」(30.4%)、「否定的評価」(20.5%)という順になる。李登輝時代は肯定的に評価されつつも賛否両論のある時代と考えられようか。

 2つ目は、2013年実施データである。ここでは孫文蒋介石李登輝などの様々な歴史的人物をリスト化し、最も重要と思う人物を1人選択するよう求めている(傅・他主編2014:213)。結果は表2の通りである(李登輝を赤のフォントにした)。 

表2 後世最も記憶にとどめ尊敬されるべき歴史的人物(2013年実施TSCS)
  度数 %
毛沢東 11 0.6%
林献堂 22 1.1%
孫中山孫文 727 37.7%
渭水 61 3.2%
周恩来 5 0.3%
謝雪紅 4 0.2%
鄧小平 14 0.7%
蒋中正/蒋介石 106 5.5%
李登輝 166 8.6%
蒋経国 594 30.8%
その他 74 3.8%
陳水扁 12 0.6%
陳定南 7 0.4%
孔子 5 0.3%
誰もいない 121 6.3%
合計 1929 100.0%
(出典)傅仰止・章英華・杜素豪・廖培珊主編(2014)『台灣社會變遷基本調查計畫第六期第四次調查計畫執行報告』中央研究院社會學研究所(2021年10月11日取得)の「55. 請問您覺得哪一位歷史人物最值得後人景仰和紀念?」(p,213)より寺沢重法作成。DKおよびNA回答は除いてある。

台湾で最も重要な歴史的人物は誰か?(2013年) - 寺沢重法のブログ(2021年10月11日をもとにしている)。

 李登輝は第3位であり(8.6%)、第2位の蒋経国(30.8%)、第1位の孫文(37/7%)との間には小さからぬ差がある様子がうかがわれる。

感想

  • 2003年調査を踏まえると、李登輝時代とは、肯定寄りの賛否両論の時代ではないかと推察される。そして、2013年調査からは、李登輝は歴史上極めて重要な人物とまでは評価されていない様子がうかがわれる。
  • 李登輝の位置づけと評価は、日本と台湾でいささか異なる印象を受ける。台湾では人によって評価が異なり、政治史上の特記すべき政治家とまでは認識されていないのかもしれない。
  • 調査時点の問題がある。2003年と2013年の間には10年のひらきがある。2013年以降の政治情勢の変化も鑑みれば、2021年現在におけるリアルタイムの李登輝評価はまた異なる可能性がある。今日、あらためて調査する必要があろう。
  • どのような人が李登輝を肯定的に評価し、どのような人が李登輝を否定的に評価するのだろうか。社会人口学的変数や心理的変数との相関を見る必要があろう。

参考文献

「刑罰に対する考え方が量刑判断に及ぼす影響」(板山2012)

www.jstage.jst.go.jp

  • 板山昂(2012)「刑罰に対する考え方が量刑判断に及ぼす影響─厳罰志向性尺度の作成と検討」『日本心理学会大会発表論文集』76。

 副題にある「厳罰志向性尺度」(Severe Punishment Orientation Scale)への関心から読んだもの。向井・藤野(2021)で使用されていた(向井・藤野2021:103)。

 13項目からなる。質問項目は以下の通りである(「Table 1「刑罰に対する考え方」についての質問項目 因子分析結果」から質問項目を抜粋)。

  • 「裁判所は犯罪者に甘すぎると思う」
  • 「自分が裁判員に選ばれたら、今までよりももっと重い刑を与えたい」
  • 「殺害したのが1人だからという理由で、死刑にならないのはおかしいと思う」
  • 「凶悪な事件の加害者でも人権は十分に尊重される必要がある」
  • 「メディアの報道を見て、なぜ刑罰があんなに軽いのかと疑問に思うことがある」
  • 「犯罪者への刑罰を精神疾患があるという理由で軽くするのはおかしいと思う」
  • 「たとえ殺人事件を起こしたとしても、死刑にすることには反対である」
  • 「たとえ刑に服したとしても、犯罪者が完全に更生するのは無理だと思う」
  • 「裁判では、加害者の社会復帰を優先するべきだと思う」
  • 「裁判官だけで裁判がおこなわれていた時の刑罰は軽すぎると思う」
  • 「罪の重さ(例:万引きと強盗)に関わらず、犯罪者には厳罰を与えるべきだと思う」
  • 「刑罰は、犯罪者に「苦痛を与えるため」のものだと思う」
  • 「犯罪に対してはそれ相応の罰をもって償うべきだと思う(目には目を、歯には歯を)」

参考文献

関連する過去記事

shterazawa.hatenablog.com 2021年9月27日閲覧

台湾の「支持政党なし」「無党派層」に注目する必要性

 台湾は政治的に活発なイメージがあるかもしれない。たとえば、作家の李琴峰氏は、社会運動や政治参加を台湾社会の重要な側面の1つとして論じている。

gendai.ismedia.jp 2021年9月25日閲覧

 また、総統選挙を中心とする台湾の政治が、国民党と民進党の対立を軸に動いてきたことから、党派的な政治がをイメージすることもあるだろう。

 たとえば、台湾ライターの栖来ひかり氏は、コロナ対策に関する政治的動向として、いわゆる「藍」「緑」の対立を指摘する。

toyokeizai.net 2021年9月25日閲覧

台湾政治は大まかに言えば、その支持・志向性によって2つの色に分かれる。1つは中華人民共和国に融和的な「藍」陣営と、リベラル的な政治志向をもち台湾の主体性を志向する「緑」陣営(現在の与党・民主進歩党も緑)だが、「網軍」はどちらにも存在する。つまり、台湾では日々熾烈な情報戦が双方で繰り広げられているということだ。

(出典)「台湾に送ったワクチンで大量死」報道の真相 | 新型コロナ、長期戦の混沌 | 東洋経済オンライン | 社会をよくする経済ニュース(2021年9月25日閲覧)

 こうした情報に接すると、台湾では人々の政治や社会運動に対する関心が高く、二大陣営に分かれる激しい政治的議論がなされているような印象をもつかもしれない。

 本記事では、全土規模のサンプリング調査における政党に対する態度を確認し、台湾の政治状況を補足してみたい。

 2020年に刊行された台湾社会変遷基本調査の最新版を確認する。なお、同調査はコロナ化の台湾で実施されたという点においても貴重である。

shterazawa.hatenablog.com 2021年9月25日閲覧

 まず、支持政党をまとめたのが(表1)である(以下、表中の政党名は繁体字で記載する)。

表1 台湾における支持政党(2020年)
  度数 %
國民黨 290 15.6%
民進 457 24.6%
親民黨 18 1.0%
台聯 1 0.1%
新黨 4 0.2%
時代力量 51 2.7%
台灣民眾黨 74 4.0%
綠黨  9 0.5%
台灣基進 31 1.7%
都支持(全て支持する) 117 6.3%
都不支持(全て支持しない) 680 36.7%
不知道(わからない) 80 4.3%
拒答(答えたくない) 43 2.3%
合計 1855 100.0%
(出典)吳齊殷・傅仰止・蕭代基主編(2021)『台灣社會變遷基本調查計畫第八期第一次調查計畫執行報告』中央研究院社會學研究所。(2021年9月25日取得、https://www2.ios.sinica.edu.tw/sc/cht/datafile/tscs20.pdf)の「「89. 在國民黨、民進黨、親民黨、台聯、新黨、時代力量、台灣民眾黨、綠黨、台灣基進這九個政黨中,請問您比較支持哪一個政黨呢?」(p.227)より寺沢重法作成。

 民進党が24.6%、国民党が15.6%であり、「緑」が勝っている傾向がうかがわれる。ただし、全て支持しない人が最も多いことに注目する必要があろう(36.7%)。いわゆる「支持政党なし」「無党派層」に相当する人々だと推察する。

 次に、「全て支持する」「全て支持しない」「わからない」「答えたくない」を選択した回答者については、次の設問で、どの政党寄りなのかを尋ねている(表2)

表2 台湾のどの政党寄りか?─支持政党を明示しない回答者のみ(2020年)
  度数 %
國民黨 55 6.0%
民進 71 7.7%
親民黨 2 0.2%
台聯 1 0.1%
新黨 1 0.1%
時代力量 3 0.3%
台灣民眾黨 8 0.9%
綠黨 2 0.2%
台灣基進 2 0.2%
都不偏(どの政党寄りでもない) 731 79.5%
その他 1 0.1%
不知道(わからない) 19 2.1%
拒答(答えたくない) 24 2.6%
合計 920 100.0%
(出典)吳齊殷・傅仰止・蕭代基主編(2021)『台灣社會變遷基本調查計畫第八期第一次調查計畫執行報告』中央研究院社會學研究所。(2021年9月25日取得、https://www2.ios.sinica.edu.tw/sc/cht/datafile/tscs20.pdf)の「90. 請問您比較偏向國民黨、偏向民進黨、偏向親民黨、偏向台聯、偏向新黨、偏向時代力量、偏向台灣民眾黨、偏向綠黨、偏向台灣基進、或是都不偏?」(p.228)より寺沢重法作成。問90で非該当とされたケースは除外した。

 最も多いのは、どの政党寄りでもないと回答した人々である(79.5%)。民進党は7.7%、国民党が6.0%であり、支持政党を明示しない人においても、どちらかといえば「緑」寄りである。だが、いずれも10%未満であり、どの政党寄りでもないと回答した約80%に比べるとわずかなものであると推察する。

 最後に、政治に対する関心度を確認する(表3)

表3 台湾における政治に対する関心(2020年)
  度数 %
とても関心がある 43 2.3%
まあまあ関心がある 348 18.8%
あまり関心がない 623 33.7%
全く関心がない 834 45.1%
合計 1848 100.0%
(出典)吳齊殷・傅仰止・蕭代基主編(2021)『台灣社會變遷基本調查計畫第八期第一次調查計畫執行報告』中央研究院社會學研究所。(2021年9月25日取得、https://www2.ios.sinica.edu.tw/sc/cht/datafile/tscs20.pdf)の「91. 請問您個人對政治有沒有興趣?」(p.228)より寺沢重法作成。90で非該当とされたケースは除外した。DK・NA回答は除外した。

 「全く関心がない」(45.1%)>「あまり関心がない」(33.7%)>「まあまあ関心がある」(18.8%)>「とても関心がある」(2.3%)という順である。

 「まあまあ関心がある」と「とても関心がある」を「関心がある」にまとめると、21.1%であり、「全く関心がない」と「あまり関心がない」を「関心がない」にまとめると、78.8%である。程度の差こそあれ政治に関心がない人が約80%であり、特に関心のある人はごく少ない様子がうかがわれる。

感想

  • 「藍」と「緑」、または国民党と民進党という個別政党の支持において、台湾全体の少なからぬ部分を占めるのは「無党派層」「支持政党なし」である。どの政党寄りでもないも少なからぬ部分を占めている。
  • 台湾の政治を論じる場合、確かに二大政党の動向は重要だが、社会意識レベルで見る場合は「無党派層」「支持政党なし」にもっと注目していく必要がある。
  • 政治に関心をよせない人々が少なくない。そうであるならば、政治に関心のない人々を射程にいれた議論も求められよう。
  • 政党支持という指標では拾いきれないもの、たとえば、民主主義的価値観や個別政策に対する意識をより積極的に見ていく必要がありそうである。「無党派層」「支持政党なし」の政治意識をどう把握するかも重要な課題だと思われる。

参考文献