『コンドームの歴史』(アーニェ・コリア=藤田訳2010)

更新2021年5月30日

コンドームの歴史

コンドームの歴史

 
  • アーニェ・コリア(=藤田真利子訳2010)『コンドームの歴史』河出書房新社

 CiNiiなどの論文検索システムで「コンドーム」と入れて検索すると、検出される論文の多くは避妊や性感染症など医療や衛生、教育に関するものである様子がうかがわれる。コンドーム使用を啓発していくといういわば実践的な関心に基づく研究が盛んであるといえよう。近年は、コンドーム使用に関する社会心理学的な研究も行われてきており(樋口・中村2009a、2009b、2010a、2010b;森・石丸2019;山崎・他2005)、価値観や文化からコンドームを見たより一層多面的な研究が行われつつある。避妊や性感染症への関心からコンドームに着目する人々のみならず、社会的・文化的存在としてのコンドームに関心をもつ人々にとっても興味深い動向であろう。

 本書は『コンドームの歴史』という題名から明らかなように、コンドームというモノそのものの歴史を論じている。目次で本書の概要を眺めてみよう。
  • 序章
  • 1 パピルス、蛇、腰布―古代人とコンドーム
  • 2 「犯罪」としてのセックスから梅毒まで―近代初期ヨーロッパの愛
  • 3 ナポリの病気、フランス病、できもの―コロンブスと梅毒
  • 4 棹も袋も決して期待を裏切らないように‥‥‥―議員、詩人、学者が語るコンドーム、そして由来
  • 5 鎧に対する医学者からの主張と買い手危険負担―エリートによる批判とコンドーム製造業の成長、繁栄
  • 6 最も有名で、悪名高い利用者たち―有名人のコンドーム譚
  • 7 マルサス、スキン、つまらない手紙―西欧の文化戦争
  • 8 コンドームに対するひとりきりの戦い―南北戦争と超保守による純潔運動
  • 9 猥褻広告取締法―イギリスにもカムストックが?
  • 10 「十九世紀最大の発明」―醜聞暴露者、道徳の擁護者、世界大戦と兵士の禁欲
  • 11 カーセックス―オール・ザット・ジャズと広告の時代
  • 12 兄弟、十セントわけてくれないか‥‥‥ゴムを買うんで―大恐慌
  • 13 勝利は節約できたゴムの量にかかっている―戦争の時代
  • 14 いい女と後部座席で…さあやろう!―ベビーブームから現代の疫病へ
  • 15 彼は禁欲としか言わなかった―エイズの時代
  • エピローグ コンドームがたくさん、水はなし―新千年紀
  • 訳者あとがき
 章題から明らかなように、古代、大航海時代南浦区戦争、対戦、エイズなどコンドームが関わるほぼすべての時代を網羅している。総計約450頁のボリュームであり、事典として活用することもできよう。本書の特色かつ私が特に興味を抱いた点をいくつか挙げてみる。
 まず、コンドームの是非をめぐる論争史にかなりの紙幅が割かれている点が挙げられる。特にコンドームに対する道徳的批判(その少なからぬものは宗教的批判)との攻防を論じた「8」と「9」が圧巻である。19世紀半ばから20世紀前半のアメリカではカムストック法のもとでコンドームが強く規制されていた様子が、当時の関係者の動向も含めて詳しく描かれている。私にはは、コンドーム版の禁酒法とでもいうべき現象のような印象も受けた。
 また、豊富な図表が収録されている点を挙げることができる。特に20世紀以降に入るあたりから、広告などが多数収録されるようになり、見ているだけでも面白いものがある。同じく興味深い点として、随所にコンドームに関する小エピソードが収録されている点も挙げられる。
 もっとも、本書は欧米の事例が中心であり、日本を含めた欧米以外の地域のコンドームにあまり言及されていない。これは本書の限界というより、むしろ本書を読んだ読者がさらなる発展課題として深めていくものであると考える。本書はコンドームに関心をもつ人々の必読書である。
 ちなみに、著者と訳者紹介を見ると、訳者の藤田真利子氏は、本書以前にも『ヴァギナ─女性器の文化史』や『ペニスの文化史』などのセクシュアリティ関連の歴史研究の翻訳も手掛けている。これらも非常に興味深い著作である。
参考文献
  • 樋口匡貴・中村菜々子(2009a)「コンドーム購入行動に及ぼす羞恥感情およびその発生因の影響」『社会心理学研究』25(1):61-69。
  • ────(2009b)「コンドーム購入および使用における公式的規範意識と非公式的規範意識」『広島大学大学院教育学研究科紀要 第三部 教育人間科学関連領域』(58):145-149。
  • ────(2010a)「コンドーム使用・使用交渉行動意図に及ぼす羞恥感情およびその発生因の影響」『社会心理学研究』26(2):151-157。
  • ────(2010b)「コンドーム購入および使用に関する行動の変容ステージと羞恥感情との関連」『心理学研究』81(3):234-239。
  • 森裕子・石丸怪一郎(2019)「日本の心理学関連分野における青年期の性行動に関する研究の動向と展望─青年期女性の性行動の特徴に着目して」『お茶の水女子大学心理臨床相談センター紀要』21:77-88。
  • 山崎浩司・木原雅子・木原正博(2005)「地方A県女子高校生のコンドーム不使用に関する相互作用プロセスの研究」『日本エイズ学会誌』7:121-130。