更新2021年5月15日
奥付を見ると著者は明治42年生まれ、株取引を始めたのは昭和27年である。オンライン取引やトレーディングツールが普及する前の時代であり、グラフを描くなどの方法が用いられているが、現在においてもしばしば取り上げられる投資本の一つである。例えば、これも投資本の定番の一つである林輝太郎氏の『ツナギ売買の実践』(林1989)においても本書が取り上げられる。
本書は第一義的には売買技法を解説した本であるが、同時に戦後日本の金融史の一端を記録したものとしても興味深い印象がある。当時は、今日の「トレーダー」や「投資家」という言葉よりも、むしろ「相場師」という言葉がまだ一般的だったと推察するが、著者の相場師としてのライフヒストリー、そして戦後から1980年頃までの商品市場、株式市場の記録であるとしての面白さである。
例えば、前者については、復員後に様々な取引を開始し、後に相場師として活動するに至るまでの経緯が印象深く語られる。後者については、戦後の証券民主化やスターリン暴落等を、株取引を通じてどう直接体験したのか、また人々はそれらに対してどう動いてきたのか、具体的なエピソードが書かれている(pp.12-18)。
個人を軸に金融市場を描いた実証分析(Hardie and MacKenzie 2007(=2013);Harrington 2008;岡本2013)に通じてくる面もあるように感じる。
参考文献
- Hardie, Ian and Donald MacKenzie (2007) “Assembling an Economic Actor: The Agencement of a Hedge Fund,” Sociological Review 55: 57-80(MacKenzie, Donald (2009) Material Markets: How Economic Agents are Constructed. Oxford: Oxford University Press(=岡本紀明訳(2013)『金融市場の社会学』流通経済大学出版会:41-68)として再録)。
- Harrington, Brooke (2008) Pop Finnance: Investment Clubs and the New Investor Populism, Princeton: Princeton University Press.
- 林輝太郎(1989)『ツナギ売買の実践』同友館。
- 岡本紀明(2013)「金融社会論の台頭と会計研究への示唆」『流通経済大学論集 』47(4):331-342。